2014年8月6日~8月18日のぶらりキリマンジャロ登山&サファリ旅の記。
将来、歳喰った時の為の備忘録としてココに記す。
【前夜までの「タンどう」】
登山DAY5。8/12。いよいよ、山頂アタック前の最終泊地であるバラフキャンプへ到着することに。時刻は昼過ぎ。アタック開始まで残すところ12時間を切り。「オレ、キリマンジャロ登るわ!」と宣言してから6年の歳月を経て、ついに今その夢を叶える最後の扉を開くのであった。
キャンプ地へ至る最後の急坂を登るとき。
ふと、振り返って来た道を見渡してみた。
荒涼とした大地に、まるでアリが作ったかのような白い道。幾年にも渡り重ねた、山頂を目指す小さな生き物たちの好奇心の跡。今その道を頼り、多くの登山客が列をなして歩いているのが目に入る。
ぶっちゃけ、山頂に至ったからといって、誰かの役に立つ訳じゃぁ無いんだよなぁ〜。
眼下に連なる登山客を見つめ、ふと脳裏を過ぎったその疑問。
最終キャンプ地を直前にして、それは自分自身への問い掛けだったのかもしれない。
日本の真裏にあたる、ここタンザニアまで海外旅行と銘打ち訪れて。観光施設には一切目もくれず、その旅程のほぼ全てが山の中。安くない費用とせっかくの夏季休暇を掛けて、シャワーもナシ、トイレは有っても汚く、携帯の電波はもちろん届かない。その上、高山病に罹って頭痛にも悩まされるし。。。。。およそ常人には理解しがたい、苦行とも言える旅に出掛けたおいら。
元より、旅行なんて。そして、登山なんて。
これほどまでにお金と時間をかけて、それでいて「生きるため」には結局は必須とは為らない行為も珍しい。
まして、毎年死者も出ているキリマンジャロ山頂を目指すなんて所行は、ある意味では死のリスクをわざわざ高めに行く行為に他ならない。出発前に見た多くのキリ登山経験者のブログを見るに、標高5,000mを越えるアタックの辛さ、苦しさは尋常じゃ無いほどの様。緊迫感がこれでもかと言うほど伝わってくる。
詰まるところの極論、旅行も登山も。結局は誰のためでも無く自分のための行為。
“ボランティア”だってそんな気がする。
詰まるところ、それは人の為では無く、目の前のデキゴトが放っておけない自分自身の為の行為なのかも。。。
…それでも。
その行為が。そのことを通じて周囲に、そして世の中に。
少なくともゼロ以上のプラスの空気が伝搬するならば。。。こんなにも素晴らしい出来事は他にはないのかもしれない。かもしれない?
ならば。
旅が自分の視野や人生の奥行きを広げるためだけのものであっても。そんな行為を通じて日本中、世界中の空気が互いに交わり繋がり繋げられることができるのであるならば、きっと。。。
いつか世界は一つになることが出来るのかも知れない。そんな気がしてくるのだった。
…。
登山を重ねるうち。そして幾多の山頂を目指すうちに。今ココ、そんな考えに思い巡ったキリマンジャロ。
うーん、マンダム! 笑
急登を歩く途中。
右手の遥か遠く、雲海をバックにこれまたアリのように連なる人の列を見た。
添乗のマロン隊長に聞いたところ、それは山頂アタックを経て下山の途につく人々の列らしい。24時間後、山頂に到達していようが出来まいが、間違いなく我々もたどる路なのだ。
登頂確率50%と言われるキリマンジャロ。果たして、明日のあの路を歩くおいらは。一体どんな気持ちで歩いているのだろうか。。。
ようやく坂を上り切った我々チームPEPEPE。
目の前に、とうとう見えてきたアタック前の最終キャンプ地の姿。
歩いていると、アタックを済ませた幾人もの人々が下山する姿とすれ違う。狭い登山道で、間近で見るそれら人々の顔には色々なドラマがあるように思えた。
登りと下り、未だ言葉さえ交わしたことも無い、ココで初めて出会った世界中からの登山客。ハイタッチをしつつ、行き交う僅かのひととき互いに交わす言葉に重みがある。それは、一瞬のうちに人種の壁を越えてしまう、キリマンジャロに登るモノだけが共有できる一体感。
「Congratulations !!」
「Good luck !!」
明日の自分を重ね。とうとう、最終キャンプ地に到着したのであった。
第52夜へとつづくノダ!